グラースという地名を聞いたとき、多くの人は「香水の産地」という漠然したイメージを持つ。しかし実際に五月のグラースに行くと、それが単なるイメージではないことが分かる。丘の斜面に広がるローズ・ド・メイの畑、夜明け前から始まる花摘み、摘んだ花をその日のうちに処理する工場。香りは、この具体的な労働から生まれる。
ローズ・ド・メイの収穫 ¶
ローズ・ド・メイ(ロサ・センティフォリア)の収穫は五月の二〜三週間に集中する。花は朝露が乾く前、日の出直後から摘み始める。気温が上がると花が開きすぎて香りが変わるため、作業は午前中に終わらせる。一キログラムのアブソリュートを得るには、約三百五十キログラムの花が必要だ。Zephyr Ash Meadowは、グラースのFamille Raynaudという農家から毎年五月に直接仕入れている。
溶剤抽出とアブソリュートの製造 ¶
摘んだ花は数時間以内に処理される。溶剤抽出では、ヘキサンなどの溶剤で花から芳香成分を溶かし出し、溶剤を除去してコンクリートと呼ばれる固形物を得る。さらにエタノールで処理し、植物性ワックスを除去することでアブソリュートが完成する。この工程で花の繊細な香りが最大限に保存される。蒸留では失われる成分も、溶剤抽出なら残すことができる。
産地を訪れる理由 ¶
Célesteは毎年五月にグラースを訪れる。農家との関係を維持するためでもあるが、それ以上に「その年の花の状態を自分の鼻で確認する」ためだ。気候によって、同じ農家の同じ品種でも香りが変わる。雨が多かった年のローズ・ド・メイは、乾燥した年のものより青さが強い。この差を知った上でフォーミュラを微調整することが、毎年同じ名前の香りを一定の品質で出し続けるための作業だ。
ジャスミンとチュベローズの違い ¶
グラースではジャスミン・グランディフロラムとチュベローズも重要な原料だ。ジャスミンは八月に収穫され、インドール系の甘さと動物的な深みを持つ。チュベローズは九月、クリーミーで白い花の匂いが特徴だ。Tilleul Blancのハートにはジャスミンのアブソリュートをわずかに加えており、それが菩提樹の花の甘さに奥行きを与えている。
グラースの花摘みを知ることは、フレグランスの価格を理解することでもある。一本のオードパルファンに含まれる花の量と労働を想像すると、香りへの向き合い方が少し変わるかもしれない。